表現の祭典

 今年も文化祭・合唱コンクールの季節がやってきました。今こそ各文化部の活動などで取り組んできた練習・研究・制作の成果を、そして本校の三本柱の一つである「歌声」への取組の成果を存分に発揮してほしいと思います。

 さて、今回のプログラムを見てみると、ステージでは合唱、英語によるスピーチ、生徒会企画の発表、吹奏楽演奏が行われ、ロビーでは美術部の絵画作品や合唱曲のイメージ画の展示、科学部の研究発表の掲示がなされることになっています。その内容から考えてみれば、この行事は牧中生徒による「表現の祭典」ともいえるものだと思います。表現とは、自らの内側にある思いを外側に表し伝えようとする行いのことで、その行いの先には、その思いを受け取る誰かが存在しています。合唱をすれば、それを聞く人がいるし、絵を描けばそれを観る人がいるということです。そう考えれば、表現とは伝える側と受け取る側の人と人との心をつなぐ行いだといえるでしょう。

 例えば歌。今はカラオケで一人マイクを持って歌うのが全盛ですが、かつては「労働歌」といって、田植えなどの場で働きながら仲間同士声を合わせて歌う ことが盛んだったり、前世紀半ばくらいには「歌声喫茶」という、客同士が同じ歌集を手に店員のリードで合唱する喫茶店が繁盛したりしました。このように歌はその場所を共有する人たちの心を一つにする表現でした。

 例えば絵。西洋絵画はキリスト教と分かちがたく結びついて発展してきました。聖書の一場面や聖人の姿を描いた宗教画は、信徒の信仰心を一つにするとともに信徒の心に安らぎを与える役割を果たしました。また、日本の江戸時代を代表する絵画である浮世絵は、評判の美人や役者、各地の名所などを描いて、現代のテレビやネットと同じように人々に情報の共有をもたらす表現となりました。

 というわけで、文化祭・合唱コンクールという「表現の祭典」は、牧中生全員がその発表を通じて、互いの胸にある思いを伝え合い、受け取り合い、一人  ひとりの心をつなぐ「連帯の祭典」ということにもなるでしょう。

 最後に3年生の歌声委員の言葉を引いてまとめとします。

 「自分やクラスの仲間を信じ、最後まで堂々と歌えるように頑張ります」

 みなさんの心を一つにするすばらしい発表を期待しています!